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「費用対効果」で計れない学校選び
ずいぶん前ですが、私も二人の子を中学受験させました。その当時には気がつかなかったことで、いまこうした仕事をしていて真に思っていることは、「学校選びとはどういう人生をよしとするのかを考えること」だということです。
私が保護者に願っていることは、お子さんの受験を機会に、普段の生活の中ではあまり考えない「自分が生きているなかで、何が自分を支えてくれているのか。自分は何を大切と考えるのか」を、ご両親で話し合ってほしいということです。
お子さんの受験は、自分たちの生きる姿勢を見つめなおすいい機会だと思います。そこでは別々に育ってきたお互いの価値観がぶつかり、お互いが自分をさらけ出すことにもなります。
中学受験が、多くのご家庭にとってはじめての「一大イベント」という意味は、何も多額の出費を要する買い物ということではない要素があるからです。
話し合いの過程では、きっと世間体やら打算やら人間関係やら・・・・・・実にいろいろなことが錯綜することと思います。ですが、そうした機会を持つからこそ、受験する意味があるともいえます。
自分が教育関連の仕事をしているせいで特に感じるのかもしれませんが、いまの自分のメンタリティーのかなりの部分が中高時代に築かれています。友だちを見ていても、やはり「思春期の文化をずっと持ち歩いている」ということをよく感じます。つまり、思春期をどのような文化環境で過ごすのか、それがその後の人生に大きく影響するのです。
先生や友だちから受ける影響・・・・・・純粋な思春期だけに、その時代に接した人生観、世界観、価値観、読書傾向といったもの・・・・・・は決して小さくはありません。
乱暴な言い方をすれば、「勉強はどこでも出来る。が、良質な精神的な影響はどこでも受けられるわけではない」ということです。
いま「費用対効果の高い学校選び」ということが盛んです。効果とは、入口偏差値に対して出口偏差値が高い(大学合格実績がいい)、加えて授業料対比で授業時間数が多く、学校外での費用を抑制出来るという意味で語られています。
不況が長期化する中、またお子さんの将来が心配であるといういまのわが国の状況の下、保護者がこうした観点からの学校選びになることはわからないでもありません。
が、お子さんの長い人生を考えたとき、お子さんを支えてくれるものは案外「費用対効果」で計れない部分であることを知っていただきたいと思います。

